大阪の安居神社は、日本一の兵・真田信繁(幸村)終焉の地として有名な神社|菅原道真公も飲んだ霊水「安井の清水」のご利益とは

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やあ、いちもくだよ。

僕は大阪の会社で働いているんだけど、会社の近くには神社や史跡がたくさんあるんだ。

会社から3キロほど離れた場所にあるのが、真田信繁(幸村)終焉の地としても有名な安居神社。

毎年歴史ファンが数多く訪れる、観光スポットとしても有名な神社なんだ。

 

安居神社とは

安居神社(やすいじんじゃ)は、大阪府大阪市天王寺区にある神社だよ。

「安井神社」や「安居天満宮」「安居天神」と呼ばれることも多い神社なんだ。

神社が創建された年代については、正確な記録が残されていないんだ。

神社には菅原道真が祀られているんだけど、昌泰4年(901年)に、道真が九州の太宰府に流罪となった際、風待ちのために休息を取ったのが、この安居神社だと言われているよ。

安居神社は歴史ファンが多く訪れる神社なんだけど、その理由は、慶長20年(1615年)の大阪夏の陣で、真田信繁(幸村)が最期を迎えた場所と伝えられているからなんだ。

歴史上の人物と縁の深い神社として、参拝者が絶えない人気の神社だよ。

 

安居神社の祭神

安居神社に祀られている祭神は、小彦名神(スクナビコナノカミ)と菅原道真公の2柱なんだ。

 

少彦名神(スクナビコナノカミ)

大国主命が国造りを行なった際、片腕となって尽力したのが少彦名神なんだ。

姿形が小さく、御伽話『一寸法師』のモデルになった神とも言われているよ。

医薬や温泉、まじない、穀物、知識、酒造りの神として祀られているんだ。

 

菅原道真公(すがわらのみちざねこう)

平安時代に活躍した貴族。

学者として様々な実績を残し、政治家として活躍した人物だよ。

無実の罪で九州の太宰府に左遷させられ、都へ戻ることなく命を落としてしまうんだ。

現在は、学問の神として信仰されていて、天満天神として日本各地にある天満宮で祀られているんだよね。

 

安居神社の見所

細長い参道

安居神社の境内に入るためには、3つある入口のいずれかを使う必要があるんだ。

1つ目は、神社の南側・国道25号線沿いの入口から入る方法。

道路に面して立っている、石柱としめ縄が目印だよ。

しめ縄をくぐると、細い路地が続いているんだ。

建物の脇を、大人同士が何とかすれ違うことができるくらいの広さの参道が続いていくよ。

細長い参道を抜けると、鳥居と社務所が見えてくるんだ。

 

2つ目の入口は、神社の西側・松屋町筋から入る方法。

通りに面して、石造りの鳥居が建っているんだ。

鳥居から約50メートルくらい歩くと、階段があるよ。

この階段を昇れば、安居神社に着くんだ。

3つ目の入口は、神社の北側にある路地から入る方法。

こちらも階段を昇ることになるよ。

 

社殿

境内に厳かに鎮座しているのが、安居神社社殿。

賽銭箱の横に、おみくじや絵馬が売られているよ。

代金は賽銭箱に入れるようになっているんだ。

医薬や温泉、まじないの神様である「少彦名神(スクナビコナノカミ)」と、学問の神様である「菅原道真公」が祀られているから、病気平癒や学力向上のご利益があるとされているよ。

 

真田幸村公之像

社殿のすぐ傍にあるのが、真田幸村公之像。

慶長20年(1615年)の大阪夏の陣で、真田信繁(幸村)が最期を迎えた場所が、ここ安居神社だと伝えられているんだ。

左脇に愛刀を置き、兜を脱いで片膝を立てた状態で座る真田幸村公像。

その眼は、まっすぐ西を見据えているんだ。

安居神社から見て、大阪城は北に位置しているんだよね。

そして真田信繁の故郷、信州上田は安居神社の北東に位置しているんだ。

像が西を見据えているのは、社殿の向きに合わせてつくられたからなのかもしれないけれど、もしかすると他にも理由があるのかもしれないね。

この真田幸村公之像には、訪れた人であれば誰でも触れることができるようになっているよ。

 

真田幸村戦死跡之碑

真田幸村公之像のすぐ近くにあるのが、真田幸村戦死跡之碑。

碑には、六文銭が描かれた酒やお茶が常に供えられているんだ。

訪れる歴史ファンや、真田信繁ファンが供えていくことも多いみたいだよ。

 

さなだ松

大阪夏の陣で、真田信繁がここ安居神社にたどりついた際、3人の従者が付き添っていただけだと言われているんだ。

この松の木に寄りかかって、傷つき疲れた体を休ませていたところ、徳川方の越前松平家鉄砲組頭・西尾宗次に発見され討ち取られたと伝えられているよ。

現在しめ縄が巻かれているこの「さなだ松」は、信繁が最期を迎えたときのものではなく、二代目になる松の木だと言われているんだ。

 

異体字の石碑

安居神社から松屋町筋へ向かって伸びている参道。

神社から階段を降りようとする際に目に入るのが、異体字が使われた石碑なんだ。

石碑には『昭和九年九月吉日建立』という字が彫られているよね。

でも、昭和の「和」の字をよく見ると、へんとつくりが逆になっているんだ。

これは異体字と呼ばれていて、厄除けの意味があると言われているんだけど、詳しくは分かっていないんだ。

昭和9年は室戸台風が京阪神を襲い、大きな被害が出た年だったのが関係しているのではないかと考えられているよ。

 

かんしずめの井(安井の清水)

安居神社に祀られている菅原道真公は、当時癇癪持ちだったと伝えられているんだ。

そんな道真公が、境内にある「かんしずめの井(安井の清水)の水を飲むと、癇の虫が治まったと言われているんだ。

かんしずめの井は、社務所の脇から見ることができるよ。

井戸まで行くことはできず、上から覗き見ることしかできないんだ。

 

摂社

神社の境内には、稲荷神社と金山彦神社の2社が、摂社として祀られているんだ。

稲荷神社は、本来は穀物・農業の神を祀る神社だけど、今は商工業を含め産業全体の神として信仰されているんだ。

金山彦神社は、鉱山の神として信仰されているよ。

 

さいごに

安居神社が創建された時期については、正確な記録は残っていないんだ。

でも、菅原道真公や真田信繁など、当時の日本で活躍した人物に深い縁のある神社なんだよね。

大阪の中心部にあるのに、喧騒とは無縁の静かで厳かな雰囲気が漂うスポットなんだ。

菅原道真公や真田信繁が、この場所でどんな想いを抱きながら、それぞれの場所へ旅立っていったかを想像すると、万感の思いが込み上げてくる気がするんだ。

歴史好きな人であれば、是非ゆっくり時間をかけて参拝してほしい神社だよ。

じゃ、またね。

アクセス

住所 大阪府大阪市天王寺区逢阪1-3-24
電話 06-6771-4932
電車 地下鉄堺筋線「恵美須町駅」より徒歩7分

 

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